災害時、聞こえない人には何が届かなくなるのか
避難の呼びかけ、食事の配布、相談窓口での説明。災害時に届きにくくなる情報は、警報だけではありません。聞こえ方や使う言語の違い、停電・通信障害の影響を、行政と当事者団体の資料から考えます。

食事の配布を知らせる放送が流れ、周囲の人が立ち上がる。けれど、自分には何の案内だったのか分からない。あとで尋ねると、配布はもう終わっている。
これは、情報が届かない場面を考えるための一例です。食料が用意され、案内も出ていたとしても、その知らせを受け取れなければ利用につながりません。聞こえない・聞こえにくい人の防災を考えるときには、物資や避難先とともに、そこへつながる情報の届き方を見る必要があります。
「聞こえない人には文字で伝えればよい」と思われることもあります。ただ、文字にする前の呼びかけに気づけるか、書かれた内容が本人に分かるか、質問できる相手がいるか。届くまでには、いくつもの段階があります。
この記事では、行政や当事者団体の資料をもとに、災害と聞こえの間にある情報の問題を扱います。個別の災害の危険度や避難先を判断する案内ではありません。
音が鳴ったことと、内容が分かることは違う
音声による連絡には、「何かが起きたと気づくこと」と「何が起き、何を伝えられているか理解すること」の両方が含まれています。
例えば、放送が始まったことは分かっても、反響する声から地名や時刻を聞き取れない場合があります。音に気づかない場合は、内容を確かめる必要があること自体を知らないままになります。同じ放送についても、困る箇所は一人ひとり異なります。
日本学生支援機構の災害時の緊急対応に関する資料は、大学の館内放送や非常ベルなど、学生の周囲にある音の情報を取り上げています。大学向けの資料ですが、普段の連絡がどの程度音に頼っているかを考える手がかりになります。
周囲が動き出したのを見て、何かあったと気づくことはあります。それでも、人の移動だけでは、別の場所へ移るのか、一時的に列を作るのか、自分も対象なのかまでは分かりません。ほかの人の様子から推測し続ける状態と、説明を受けて自分で判断できる状態には、大きな違いがあります。
手話、文字、音声。受け取りやすい方法は同じではない
手話を主な言語として使う人も、文字でのやりとりを希望する人もいます。補聴器や人工内耳などを使い、音声と文字を組み合わせる人もいます。「聴覚障害者向け」という一つの表示だけでは、その人に情報が伝わるかどうかは分かりません。
厚生労働省が2024年1月に被災地域へ出した事務連絡でも、聞こえの状態に加えて、本人が使う情報取得の方法を確かめることが示されています。障害の名称から、伝え方を一律に決める考え方ではありません。
会話が成立したように見える場面にも注意が要ります。短いあいさつに返事ができたことから、長い放送も聞き取れるとは限りません。名前を呼ばれて振り向けたとしても、複数の人が同時に説明する場面では内容を追えないことがあります。
また、手話が使える人に日本語の書類を渡した場合も、書類の専門用語を理解できるかどうかは別の問題です。これは、文字を読むことができる人なら誰でも、制度の複雑な説明を一読で理解できるわけではないことともつながります。分からない箇所を尋ね、自分の事情に当てはまるか相談できることまで含めて考えたいところです。
避難後も、小さな知らせが生活を左右する
大きな警報や避難の呼びかけだけが、災害時の情報ではありません。避難先で暮らし始めてからも、日々の連絡は続きます。
| 情報の種類 | 届かないと分かりにくくなること |
|---|---|
| 食料・水・生活用品の配布 | 対象者、時間、受け取り場所、変更の有無 |
| トイレや入浴設備の案内 | 使える場所、使い方、利用時間 |
| 診療や相談の受付 | 担当者が来る日、呼び出し、自分の順番 |
| 生活場所の変更 | 誰が対象か、どこへ移るか、説明を受ける場所 |
| 生活再建に関する案内 | どんな相談や手続きがあり、どこで説明を受けられるか |
この表は、情報の種類を整理したものです。すべての避難所で同じ運営が行われるという意味ではありません。
例えば「午後から受付」と口頭で聞いた人が、時間になってから場所を尋ねられる一方で、受付があること自体を知らない人には、その質問も生まれません。本人から要望がないことを、情報が足りている証拠にすることはできません。
案内が掲示されていても、読みに行くまでの間に変更されることがあります。相談に出ていた人、子どもと別の場所にいた人など、同じ空間の中にいても、同じ時刻に掲示を見られるわけではありません。掲示の有無だけでなく、変更をどう知らせるかも、生活に関わる問題です。
停電や騒音で、普段の方法が使いにくくなる
普段は使える方法が、災害時にも同じように使えるとは限りません。停電すると画面や照明が使えなくなることがあり、通信が混み合えばメッセージの到着が遅れることもあります。
JASSOの資料には、東日本大震災の際、電話やメール、テレビなどの利用が制約されたことが記されています。そこで紹介される通信事情は当時のものですが、「文字で受け取れる仕組みがあること」と「その場で実際に受け取れること」を分けて見る必要は、今のサービスを考える際にもあります。ある災害で使えた通信方法を、次も必ず使えるものとして扱うことはできません。
国立特別支援教育総合研究所の子どもへの配慮に関する資料は、騒音下での聞き取りや、暗い場所で手話・筆談の文字が見えなくなる問題を説明しています。補聴器や人工内耳を使っていることも、情報をすべて聞き取れる保証にはなりません。
このように、聞こえ方だけでなく、明るさ、距離、周囲の音、機器の状態も、会話を左右します。普段は音声で会話している人が、その場では文字を希望することもあります。一度伝え方が決まっても、環境が変われば、同じ方法を続けてよいか確かめる余地があります。
子どもには、情報を渡す相手として向き合う
保護者に説明したことで、子どもにも伝わったと考えてよいのでしょうか。大人向けの説明をそばで見聞きしていても、自分がどこで過ごすのか、予定がなぜ変わったのかを理解できているとは限りません。
特総研の資料では、子どもの年齢やことばの理解に応じ、絵、写真、文章などの示し方を考えることが扱われています。単に音声を長い文章へ置き換えるだけでなく、子ども自身が内容を受け取れることが目的になります。
例えば、掲示に「利用区画の変更」とあっても、それが自分の寝る場所の移動を意味するとは分からないかもしれません。こうした場面を考えると、説明の対象を保護者だけに絞らず、子どもがどこを分かりにくいと感じているか聞ける関係も必要になります。これは特定の子どもの体験談ではなく、伝える内容と受け取り方のずれを考えるための例です。
情報を求める人と、支援する人をつなぐ
防災用品をそろえることや、連絡方法を調べることは、本人や家族ができる備えの一部です。一方、放送の内容を文字でも知らせることや、相談時の通訳を調整することは、本人の持ち物だけでは整いません。
全難聴の災害支援ページには、地域の体制づくりや避難所巡回を扱う2017年度のマニュアルが掲載されています。全日本ろうあ連盟の能登半島地震・大雨の情報ページからは、現地支援や、その後の生活・支援拠点の再建に関する記録をたどれます。災害時の支援には、本人と窓口の一対一のやりとりだけでなく、団体や地域のつながりも関わっています。
避難そのものに支援を要する人については、内閣府が案内する避難行動要支援者名簿や個別避難計画という仕組みもあります。ただし、計画があることと、避難所の個々の説明が本人に届くことは同じではありません。移動の支援と、そこで暮らすための情報の支援を、続けて考える必要があります。
記事の日付と、そこで扱う災害の時期を分けて読む
災害に関する資料は、公開後も長く残ります。過去の記録は、何に困り、どんな支援が行われたかを知るために役立ちますが、当時の窓口やサービスの受付が今も続いているとは限りません。
記事を読む際には、掲載日とともに、本文がいつの、どこの状況を扱っているかも見ると、理解しやすくなります。最近掲載された記事でも、過去の災害を振り返る内容かもしれません。また、防災訓練の開催報告は、次回の参加募集とは区別して読む必要があります。
Deaf Naviの「聞こえと防災」では、背景を知るための資料と関連ニュースをまとめています。情報が足りないときに本人が何度も尋ねる負担だけでなく、情報を出す側にどのような工夫や体制が必要なのか。その両方を考えるための入口として、ご覧ください。
参考資料・出典
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情報確認日:2026-10-26
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